荒浜小学校 震災遺構に指定、津波による犠牲者を今後出さないように一般公開しています。

こんにちは、ネットで発信力UP!

WEBとSNS活用で短期ブランディングを提案しているたーくんです。

今日はビジネスと関係なく、お伝えしたい事があり、書かせていただきたいと思います。

 

まず、たーくんですが娘の小学校のPTAで会長という職をさせて頂いてまして、一年に1度PTA活動の報告や研究発表をする場として「全国大会」というのが行われます。

今年は仙台大会という事で、宮城県まで1泊2日で行ってきまして、一日目は特別分科会、二日目の午前中は全体会へ参加、そしてお昼から夕方のフライトまで時間がありましたので、仙台のPTAでご活躍をされている方に震災に関するお話しを聞かせて頂いてり、荒浜小学校、閖上(ゆりあげ)地区の見学をしてきました。

 

2011年3月11日に東北大震災があり、早くも6年が経過する中、僕自身もそうだったのですが、震災の記憶や教訓は風化しているのでは無いか??と思います。

実際、ガイドをして下さった方も

1000年に一度の大地震」と表現されていましたが、この言葉の裏側には、

「もう二度と同じような震災を経験するのはゴメンだ・・」

という思いが大きいと思うですが、一方で

「もうあんな規模の地震は東北には来ないだろう」

という思うもあるのでは??と感じました。

 

確かにもう来ないかもしれない・・・

だけど、亡くなられた方の記憶だけ残り、残された方が引き継ぐべき事は、その方たちの事も大事は大事・・だと思うんですけど、同様に二度と同じような被害が起きないように、少しでも自衛する意識、取り組みが必要なのでは??と個人的には感じます。

 

しかし、年数が経つと、その時の気持ちも少なからずとも風化してしまいます。

昔、太平洋戦争があって、日本には原爆が二発投下されて、市民も含めて310万人が亡くなっていたという事(もっと言えば、第二次世界大戦で世界中で6500万人の方が亡くなっているんです・・おそろしや・・)も時代が移り変わり、どんどん風化しているのと同じ事が起きているような気がします。

 

風化して、安心している時に、平和な時に・・・

震災が起きたり、北朝鮮からミサイルが飛んで来て戦争が起きたり・・・

そんな事が起きる事が一番怖いです・・・

 

常に有事に備えておく必要がある。

と個人的には思うところですが、そうは言っても常に意識するのは、どんな方でも難しい・・・と思うので、一ヶ月に一度、数カ月に一度、そして1年に一度・・・とどんな単位でも良いので、震災の事を思い出せるように、そしてその時に感じた想いを忘れないように・・・

時系列で見学の様子と、そして個人的な感想(想い)をまとめておこうと思います。

 

長くなりましたが、震災遺構 荒浜小学校です。

震災遺構 荒浜小学校 チラシ

 

震災遺構 荒浜小学校 チラシ

 

  • 荒浜小学校までのアクセスですが、地下鉄東西線荒井駅から仙台市営バスで「旧荒浜小学校行き」の終点で下車です。約15分。車でお越しの場合は仙台東部道路「仙台東IC」より約10分、無料の駐車場があります。
  • 住所 〒984-0033 宮城県仙台市若林区荒浜字新堀端32-1 022-355-8517
  • 10時00分から16時00分まで(入館無料)
  • 月曜日および第2、第4木曜日(祝日の場合はその翌日) 祝休日の翌日(土・日曜日、祝日を除く) 年末年始 臨時休館日

隣に事務所が有り、ガイドさんに案内をお願いする事も可能です、事前に連絡を入れておき、ガイドさんを付けた方が、色々と質問できたりお話しを聞かせて頂けるのでオススメです。

 

チラシに記載の通り、1階から屋上まで見学する事が出来ます、途中プロジェクター上映だったり、展示室になっているところもあり、津波が来る前の町の様子をジオラマで再現していたり、応援メッセが書かれた黒板だったり、救出までの間にどうやって過ごしたか?という事などを見学する事が可能です。

 

まずは外観

荒浜小学校 外観

 

正面から見ると、あまりダメージが無いように見えますが、近くに寄って見ますと・・・

荒浜小学校 外観

 

津波がここまで届いたという事が書かれています。

壁がデコボコになっていますが、液状化?なんでしょうか、壁が剥がれる手前になっています。

 

 

 

津波が押し寄せ、飲み込まれた家、車、松の木などが流されてきた事で窓枠や手すりが曲がったり、一部破損しています。

 

2階の高さまで津波が来ています。二階の窓は補修されていますが、当時は、この中まで津波は押し寄せてきています。

津波は、この写真を撮影した背中側から学校の側面を襲ったという事になります。

 

当時の様子です、2階まで瓦礫の山で、津波が引いた後も下に降りる事は出来ませんでした。

 

荒浜小学校 内装

 

2階の教室です。

当時の様子がそのまま保管されています。

 

先ほどお見せした二階の窓から海側に向かって撮影しました。

当時、この景色で津波が来るのが見えたとの事で、高さは10mにも達していたとの事です。

 

荒浜小学校までの距離は1キロ未満だと思うんですけど、当然ながら津波は荒浜小学校で止まる事はなく、荒浜小学校の奥6キロほどまで内陸の方へ達し、そこにあった堤防道路に当って止まったとの事です。

草木がたくさん生えていますが・・

このあたりは以前までは住宅街が広がっていたとの事です。そして数えるほどしか残されていませんが、松の木は防風林として当時は沢山生い茂っていたようですが、今では数本が残るのみ、そして緑の葉を付ける事も無いので、ゆくゆくは伐採されてしまうとの事です。

 

荒浜小学校 津波

 

当時の様子、震災翌日に撮影されています。

屋上まで上がれなかった方が教室の中で逃げ延びた方もいたようで、その方たちは、教室内の机や椅子を押し当てて、水が中に入り込まないようにしたそうです、奥には教員室、校長室があります。

 

翌週の18日に卒業式を控えていたという事で、卒業式の準備をしていたとの事です。

 

ボランティアさんと一緒に市民が、当時の町を再現するとの事で、ジオラマ作りをしたそうです。

とても細かく再現されていて、これだけの世帯があった地域一帯を津波が一瞬にして巻き込んでしまい、周りに残ったのは今ではこの学校のみという事になります。

 

黒板にはメッセが書かれていたり、6年生の教室はそのまま残されていました。

六の一憲法というのが、個人的にはとても良く出来ているなぁ・・・と思い、撮影させて頂きましたが。

 

屋上です、奥側が内陸、背中側が海側となりますので、津波は奥に向かって流れていたという事になります。

当時、屋上から流される町を見ているしか出来ない、ただただ呆然となった・・・という方も多かったと上映の中でも証言されていましたが、もし自分が同じ立場だったた何を思うだろう・・・そんなところに思いを持っていきましたが・・・

残念ながら想像出来ませんでした。

それだけ、ショックが大きいというか、ただただ呆然とするしか出来ないのでは無いか??と、屋上に立って感じました。

 

学校正面側、名取市側の景色です。

海側は左、内陸が右側となりますが、ご覧の通り、何も残されていません・・・新しく住宅を作る事も無理だそうで、今後は事業用地としての活用が考えられているとの事です。

繰り返しになりますが、この緑には当時住宅が広がっていたんです。

 

正面裏側の非常用階段の扉ですが、ひん曲がっています。

 

二宮金次郎像 荒浜小学校

 

二宮金次郎像 荒浜小学校

学校横に立っていた二宮金次郎像ですが、震災後に約100m流されたところで発見されたとの事です。

 

以上が震災遺構として残されている荒浜小学校で体験した備忘録です、もっとお聞きしたお話しとかたくさんあるんですけど、ここで語るべき事ではない事、現地の方から直接聞かれた方が良いと思う事は、あえて割愛させて頂きます。

もし、仙台に旅行に行かれる事があれば、荒浜小学校を子供と一緒に見学頂けくのも良いかと思います。

 

ボクも家族でディズニーランドも良いんですけど・・・

沖縄に行けばひめゆりの塔だとか、鹿児島に行けば知覧特攻平和会館だとか、東京に行けば靖国神社参拝だとかと同じように、仙台、福島、岩手に行く事があれば震災に関する事も学びに行く必要があるなぁ・・・と思いました。

 

その他に、閖上(ゆりあげ)地区では、

 

 

こちらの塔ですが、盛土と塔を合わせた高さまで津波が来た事を塔で記しています。

両脇の看板には、津波で犠牲になられた方の名前が記されています。

 

今回、とても良い体験をさせて頂き、またPTAではいじめについての研究発表、特別基調講演を拝聴できたり、多くの体験をさせて頂きましたが、自分の中だけで留めておくのは勿体無いですし、アウトプットさせて頂く事で、自分の中にも残りやすい・・

と思いましたので、記録した写真を用いてご紹介させて頂きました。

 

繰り返しになりますが、震災で得た教訓を・・・

時々は思い返すようにして、震災で犠牲になられた方へ思いを馳せると同時に、記憶と教訓を風化させないようにしましょう。

 

大阪では南海トラフ巨大地震が近年騒がれていますが、この地震が起きてしまうと、東北大震災以上の被害、津波も予測されています。

行政任せでなく、自治会任せでなく、一人ひとりで取り組める事は無いか?防災意識を高く保つ大切さを忘れないでいたいところです。

 

それでは、長くなりましたので、そろそろ終わります。

いつもお読みいただき、有難うございます。


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2 Responses to “荒浜小学校 震災遺構に指定、津波による犠牲者を今後出さないように一般公開しています。”

  1. もうあれから6年も経つのですね・・・。
    被災地の様子はニュースなどで断片的にしか見ておらず、
    お写真の中の住宅地跡に緑が広がっている様子など
    衝撃的です・・・。
    津波の恐ろしさをあらためて感じます。

    • Ririさん、いつもコメント有難うございます。

      現実を知るという事も、時には大事な事ですし、自分で見たこと、経験した事を責任を持って後世に伝えていくのも必要かなと思います。

      ボクの出来る範囲になりますが・・これからも様々な情報発信が出来ればと思います。

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